病院で「生きて」30年 波多憲壽

福島病院で透析治療をされている患者様から、透析治療を続け30年の節目での文章をいただきました。
広報誌「みつば」の場所をお借りして皆さんにも見ていただきたいと思います。
(福島病院広報誌 みつば Vol.53にて掲載いたしました)

病院で「生きて」30年 波多憲壽

昭和63年11月、佐伯の病院にて「尿毒症です。緊急透析が必要です3日間透析をします。現状では尿毒症がひどく命の方は請負いつけない」と宣告されて透析治療を始めました。
2時間の透析から始め、外シャント(透析をしやすくするために動脈と静脈を吻合するもの)を足に作り透析を続け、1週間続けて尿毒症から解放される見通しがつきました。64年1月7日に昭和天皇が崩御されその日に小豆飯が出まして退院となったのを覚えています。

平成2年の春、新しい国道326号線が三重町→宇目町(小野市)間で供用開始となり20分ほどで三重町に来られるようになったので、福島病院院長に許可をいただき三重町へ通院を開始しました。
その後はずっと30年近く入退院を繰り返しながら82歳で自動車の免許を返納。今は福島病院の送迎車にお世話になっています。元気な時は札幌や京都に旅行しそこで透析を受けたこともありましたが、外に出て自分の通院している福島病院の良さがさらにわかった感じです。

この病院では透析器も世界一流品を使用され、すべての検査もどこよりも早くできます。
病気医療スタッフ、医師・透析技士・看護師の方々も遠慮無く尋ねれば養生の仕方も詳細に教えていただけます。すばらしい病院に通院できる幸福を感じてスタッフの皆さんに毎日感謝しています。
年をあけると私は満八十七歳。米寿の入り口にさしかかりました。残る人生、通院透析を受けながら楽しく過ごしていきたいと思っています。

誰人も人生には苦労はつきものです。人生・こころの方向によって変わります。この世の眼を閉じるまで福島病院に生かしていただきます。

※腎友会を是非応援ください。
今、皆さんの透析費代金は国が支援をしております。これは全国の腎臓病協議会の先輩方が医師会の先生方とともに厚生省(厚生労働省)、国会へ波状的に陳情を行ってきた苦労のおかげです。
透析費用の自己負担を少なくできるいろいろな制度が、何もなかった昭和40年代に後退しないように透析患者会=腎友会を応援しましょう。少々の会費で大きな腎友会の応援になります。ご協力ください。

(医)新生会 福島病院 TEL 0974-22-3321

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